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境内案内visit

境内マップ

本殿

現在の本殿は、建武元年(1334年)に後醍醐天皇の勅命により、楠木正成公が造営されたもので三殿から成る。
中殿に一間社の春日造、左殿と右殿に二間社の流造を配し、中殿と左右両殿を渡廊で連結するという、他に例を見ない全国唯一の様式である。 屋根は桧皮葺きで渡廊も背面を板壁、正面を吹放しとして低く屋根を架ける。
御神座は主祭神を春日造の中殿に設け、流造の左右ニ殿は柱間毎に縦に二室に分割して、合計五座となる。
構造の細部も優秀巧緻で建築上の模範であり、神社建築上の一異彩と称される。
明治33年に大阪府の神社建築として初めて特別保護建造物(国宝)に指定され、昭和25年には改めて重要文化財の指定を受けた。
※通常の参拝は、本殿下の拝殿迄であり、本殿前までは入れません。

摂社・末社

摂社 南木神社

大楠公(楠木正成公)を祀る。延元元年(1336年)正成公が湊川で戦死されると後醍醐天皇その悼惜限りなく、翌2年(1337年)御親ら公の尊像を刻ませ給い、公と縁故深き当社境内に祀り、その忠誠を無窮に伝えしめ給うた。(楠木正成公を奉祭する日本最古の神社。)
そして後醍醐天皇の皇子、後村上天皇より「南木明神(なぎみょうじん)」の神号を賜った。「南木」とは「楠」を二つに分けたとも、『太平記』記述の正成公登場の後醍醐天皇の御夢によるものとも云う。
元禄10年(1697年)領主の石川総茂も正成公を尊崇し、元来、建水分神社本殿裏に祀られていた社殿が傾頽した為、現社地へ遷座再興した。しかしこの社殿も昭和9年の大風害(室戸台風)により老松が倒れて崩壊した。(御神体の大楠公尊像は総茂奉納の厨子に護られ無傷であった。)
現社殿は摂社としては破格の官幣社建築に準じて設計再造営され、昭和15年に竣功したものである。尚、社殿向かって右前の由緒標は陸軍大将・荒木貞夫男爵の筆によるものである。

末社 金峯神社

本社拝殿北脇に鎮座。由緒創建は詳らかでないが、皇室の御祖神であり、日本人の総氏神でもある伊勢の神宮の御祭神、天照大御神を奉斎する。

大鳥居・狛犬

大鳥居

大鳥居は元禄3年(1690年)に普請された。
笠木の長さ10.6m、高さ7.1mで近代以前の石造鳥居としては、全国有数の規模とされる。

狛犬

狛犬は万延元年(1860年)の建立で、像高は右の阿像133㎝、左の吽像137㎝を有する。
大阪府内最大の狛犬(石造)は住吉大社のもので阿像128㎝、吽像138㎝という。当社の狛犬はこれと双璧の巨大なものである。
(数値は以下より。『狛犬の研究 -大阪府の狛犬-』奈良文化財同好会 狛犬の会)

拝殿

建築年代は明らかでないが、旧拝殿は織田信長の焼討ちにより焼失しているので、それ以降の建造である。
『河内名所圖會』(享和元年・1801年)には、現拝殿の姿が認められる。
 形式は河内国によく見られる割拝殿と呼ばれるもの。

絵馬堂

本来は絵馬堂であるが、今は参拝者の休憩所となっている。
建物内外に幾つもの絵馬が奉納されていた形跡があり、いたる所に古びた千社札が貼られ、歴史を感じさせる。

手水舎

神前への参拝に先立ち、手や口を水で清める所。
建物は昭和60年の大楠公650年祭の記念事業の一環として新築されたものである。水盤は大正14年に地元篤志家、龍の石像は平成20年の御創祀2100年祭に地元石材店による奉納品である。

社務所

昭和60年の大楠公650年祭記念事業により新築。
祈祷所と御守札や御朱印の授与所も兼ねる。